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【レムリアン瞑想™のススメ】第3話 瞑想との出会い

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ALOHA 〜!
こんにちは。

レムリアン瞑想™で
レムリアの愛「ALOHA」をお伝えする瞑想家
レムリアンヒーラー、そしてヒーリング・メンターとして
ヒーラーズ・ヒーラーをミッションとするマリアレイです。

マリアレイは、なぜ、ヒーラーになり、瞑想家になったのか?

その物語を、しばらく、書いていきたいと思います。

わたしは、大阪市内に生まれ育ち、家から5分の公立高校へ通っていました。
大学も、家から5分の大学へ進学しようと思っていたのですが、その大学が遠方へお引越ししてしまい、父からは、国公立以外には許可しないと、強く言われていましたので、1年浪人して、奈良女子大学へ進学しました。
奈良女子大学への通学は、自宅から往復3時間以上かかっていましたが、近鉄電車から見える車窓の景色が楽しくて、春夏秋冬、電車での通学を楽しんでいました。
大学の授業が休講になると、わたしは、大学近くにある東大寺へ遊びに行きました。
正倉院と戒壇院の間を抜けて、2月堂への階段を登り、2月堂のお堂の前の広縁で、奈良の街を見渡して、ボーッとしていると、風が心地よかったり、冬の寒さが深々と、これまた春夏秋冬の風情がございました。

3月堂の日光月光菩薩やたくさんの仏像群、4月堂の千手観音、大仏殿の盧遮那仏、参拝のあとは、写真家の入江泰吉さんのご自宅前を通って、大学まで戻りました。
午前中が、全部、休講になった時には、春日大社、飛火野、ささやきの小径を抜けて、志賀直哉邸へ行くのが大好きでした。
そのお向かいのお家のお庭カフェで、小休憩をしたら、高畑を回って、大学まで歩いて戻りました。

もっと、時間がある時には、白毫寺まで、散策し、奈良の街を広く見渡す高台からみた、その一望の風景は、今も、まぶたに残っています。

大学を卒業して、わたしは、一部上場企業へ就職しましたが、親友たちは、ほとんどが大学院へ進学しましたので、時々、奈良へ遊びに行きました。
唐招提寺、薬師寺、法隆寺、2月堂のお水取り、若草山の山焼きへは、親友と出かけて行きました。

大学時代は、合コンや、合ハイなどがあったような記憶があります。
京都の大学とが多かったので、京都の神社仏閣へも、みんなで参拝したたくさんの思い出がございます。

大学を出て、数年、働いた時に、父が病気で倒れました。
その父が、逝ってしまったあと、わたしは、はじめての般若心経を東大寺に奉納し、それから、ことあるごとに、東大寺に般若心経を納めるようになりました。
高野山の奥之院へ参拝するよになったのも、この頃だったように思います。
ひとりになって、考えたい時には、今も、奈良、京都、高野山を訪れています。

今、こうして書きながら思いますと、わたしの瞑想の原点は、かなり、若い頃に遡るのかもしれません。

(次回に続きます)

 

あなたに愛と平和を
わたしに愛と平和を
マリアレイ


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